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ブログ - 最新エントリー

今を切に生きるー1月の手術を前に

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kobe 2018/12/11 19:23
(神戸市民病院に行く。朝8:30に入り、会計を済ませたのが13:00.)
ヂュピュイトラン拘縮の手術を控え、諸手続きをする。手術の概要を先生から聞く。血管、神経を切らないように切開するのがポイント。肉が薄くなるので切除は少なくするようだ。縫合も固くすると、あとの運動がやりにくくなるので、ゆるくすると。傷の治りは遅くなる。3週間はかかりそう。自動車免許の更新に、なんとか間に合いそう。ジムは休会にした。書類の作成は、先生が全部インプット。たいへんな作業である。忙しいはずだ。リハビリセンターにも行く。術後にお世話になる。手術前の諸検査もあったが、会計システムが良くないらしく。1時間以上それで待たされた。コンビニ・喫茶店が完備しているので、問題ないが。木戸開善
 

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今を切に生きるー岐阜の参禅会に参加

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kobe 2018/12/11 19:08
(岐阜会場は遠い。近隣の応援もあり盛り上がった。)
朝7:30の新快速で米原へ。次いで大垣へ。そして岐阜駅へ。2回乗継で11:30のバスに乗る。そこから1時間。洞戸に着く。美濃関市である。バス停から電話するも誰も出ない。多分ソフトバンクの故障と重なった日ではないか。諦めて40分歩くかと思った矢先、やっとつながる。岐阜禅会は今4名。しかし東海地区の20から30名の応援があり、毎日10名は参加。懇親会の前に、老師の案で餅つきがあった。昔懐かしい。つきたての餅はおいしく、食べ過ぎて、懇親会の料理と酒を加えると気持ちが悪くなったほどだ。帰ってすぐに、関西の接心に参加。こちらは、3名くらいの参加でさみしい。神戸、和歌山入れてオール関西ということで参加しあうようにしたい。老師が違うと参禅できない縛りがあるが、取り払って、自由に参禅できる仕組みにしたいものだ。木戸開善
 
岐阜座禅道場
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禅に興味を持たれ、このホームページをご覧頂いた皆様へ

禅の門覗いてみれば:#19 一休み(坐と座の違い)(仁龍)

〔座禅でなく、坐禅が正しい〕

 
昨日お会いしたさんから、「あなたのブログでは、坐と座が混用されている。臨済宗では坐の筈。」と指摘されました。初歩的なことに無知でお恥ずかしい。
過去のブログを見ると、確かに混用されているので、過去に遡り坐の表記に統一しました。
皆さんは既にご存知の方が殆どと思いますが、インターネットで調べてみました。
 
① 知恵袋というホームページに坐と座の違いの質問があり、

次の回答がベストアンサーに選ばれていました。一部を拝借掲載します。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11125155611

プロフィール画像kai********さん  2014/3/2112:32:42

もともと「坐」がすわる動作を表し、「座」は座席などすわる「場所」のことを表わす漢字でした。
「坐」は「人+人+土」で、地面に尻をつけることを示しています。
「座」は、「广(いえ)+坐」で、家の中で人が座る場所のことです。
「坐」が動詞、「座」が名詞として用いられたが、「当用漢字表」を制定する際、同じ音で意味の似通った漢字の場合、一方は省くという方針から、「坐」が省かれ、「座」が採用されました。
そのため「座」は「すわる」という動作と、すわる場所「座席」の意味でも使われるようになりました。(中略)
【ご参考】昭和31.7.5に国語審議会が報告した、当用漢字表にない漢字を含んで構成されている漢語について、同音の別の漢字に書き換えるための指針の「同音の漢字による書きかえ」で(中略)、「坐座」と書き換えて使われています。(中略)


② 更に、調べると「禅の視点‐life-というホームページで、坐禅でなく座禅が多く使われている現状を嘆かれていました。これも一部拝借掲載します。
https://www.zen-essay.com/entry/zazen-zazen
座禅と書けば、座禅をする場所を意味するのであって、坐禅をすることを意味しない。
坐禅をすることを伝えるなら、坐禅でなければならない。
坐禅会が「座禅会」と表記されてはいけない端的な理由は、これである。

写真も「禅の視点‐life-」から拝借しました。
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/z/zen-ryujo/20170103/20170103234548.jpg
 

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今を切に生きるーフラのパーテイに参加

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kobe 2018/12/5 17:45
(フラダンスの発表会兼パーテイに参加。)
仁龍さんの奥様がフラダンスをやっておられる。その縁で、ホテルで開かれたパーテイに参加した。ご主人や家族で大盛況。まず立派な食事が出る。そのあと、フラダンスのご披露があった。先生はジムでも教えておられたので、お顔は存じていた。娘さんはプロのフラダンサーであるとか。お話していると、アメリカにおられる娘さんのご主人は禅に興味があるそうな。帰国されたら静座会にとお誘いした。他にも静座会に参加する方もでき、思わぬ展開となった。どこに、どんなつながりがあるかは、わからない。おもしろく、楽しいものだ。個人的には、亡き妻もフラをやっており、踊り手に、その影を追った。木戸開善

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30代、40代。50代と3人は若い方でした。とにかく多忙である。ひとりは80歳。)
せめて一日、できれば一泊して禅に取り組んでいただきたい。しかし3人とも半日が精いっぱいだ。仕事が忙しい。他の支部でも若い会員は、時間が取れないというのは聞いていたが、まさしく、その通りだ。これから続けていただくためにも、よく理解して対応しなければならない。また、個人的な事情もあるだろうが、金欠気味でもあるようだ。育児、教育、持ち家の確保など、共働きでなんとか、やっている、そんな事情も垣間見えた。老師は、奨学金の制度も考えないととおっしゃっているが、その通りの状況のようだ。
木戸開善

 
 

 

 

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(主直、この3年鳴かず飛ばずでした。何年か先、振り返ると今日が展開点であるでしょう。)
楽観的に過ぎるかもしれません。しかし、こちらから出かけて禅を求める人を見つける。その努力の中で2名の方にお会いでき、参加につながりました。待っているだけではだめです。六アイの静座会も、毎週開催してから、やはり、人が増えてきました。もっと、人を引き付けるキャッチを工夫すれば、さらに増えるでしょう。何を求めておられるかを敏感にキャッチし、寄り添っていく。解決はご本人次第だが、共に寄り添っていくことはできるわけです。空き家を探そうと思った矢先、協力してくれる人が、即現れる、なんという巡りあわせでしょう。間違いなくターニングポイントです。木戸開善
 
六アイから北の方向に見る。六甲山が近い。
 
 
 

 

 

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11回目の参禅会。スタート時4名新人の参加がありました。久しぶりの4名参加です。)
今回の参禅会には、全くの初めての方が4名参加。全員が老師と面談し、3名の方が参禅されました。もちろん、今回は、どんなやり方で禅は修行しているのかを知っていただく程度の事で、禅の修行を続けて、本当の自分に出会うことを求めるかは、ご本人次第の事です。他にも関心を示す方が2名おられます。禅を求めている方は、いるんだと強く確信しました。私自身も、なにか変りました。まず、今回は足が最後まで痛くなりませんでした。座相が良くなったのかもしれません。3人も参禅するので、時間の調整とか、作法の指導とか、疑問への対応とか、追いまくられたことも一因かもしれません。必死になっていたわけです。正念でいたわけです。座ることの意味がわかってきました。三昧になる、単純な事ですが難しい、苦手でしたが、それしかないと腹にはまってきました。少しでも三昧の密度を上げたいと思っています。理屈ではない。座ることの中にすべてがあります。木戸開善
 

 
 
 

 

 

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(参禅会の準備が大変です。いつもトラックで荷物を運びます。)
これだけの荷物があります。大きいのは布団、座布団、食器類です。私が禅と縁ができた35年前、関西支部も道場がなく、毎回、お借りした会場へ荷物を運びこんでいました。同じ苦労を買って出ているわけです。中国共産党の長征に明らかな如く、苦労の中で、団結が生まれます。しかし、会員が75歳前後であり、荷物の運びおろしも重労働です。若い人が入る機運もありますが。そこで、神戸で新会場をさがす、空き家で適当な家があれば、購入することを検討します。鈴蘭台あたりであれば、買えそうな物件があります。新しい人が禅を訪ねることへの対応が最も大切ですが、と同時に受け皿となる会場もつくっていきたいです。木戸開善
 
トラック一杯の座禅荷物
 
 

 

 

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(参禅会用の抹茶・菓子を買いに三ノ宮そごうへ。ついでに映画も見た。)
水曜からの参禅会も近づいた。今日の映画は、最高に良かった。スペイン・南フランス・ブルゴーニュが最後に行きたかったところだが、映画で達せられた。ゲルマンの雄、ブルグンド族がすみついた土地である。日本と同じ四季の移ろいがある。広大なブドウ畑の拡がる平原である。家族愛・兄弟姉妹の思いやりと助け合いも描かれる。日本もフランスも違いはない。人間世界の諸問題を皆、抱えている。ワインつくりの機微も、理解できた。人間の感性そのものが、作品となって出てくる。主人公のジュリエットそのままに、「繊細で強く、また弱いところもあるワイン」。ワインにまた、魅力を感じている。木戸開善
 

 
 

 

 

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(禅と言えば,武士。最近では、西郷さんがぴったりだと思っていた。)
禅では、北条時宗、上杉謙信が有名だ。どちらも肚はあるが、戦略家としては、課題もある。最近で、禅を人物で表したら、西郷さんだろうと思っていた。当時の武士には、儒教と禅が基礎教養であると思ったからだ。今回、林真理子の「西郷どん」を読んで、うれしい発見をした。薩摩の下済み時代に、禅をやっており、江戸でも座っていたという。長州第一次征討で、敵陣に一人乗り込むとか、韓国にもそうしようとした、肚は禅でつちかったものだ。私心がないが特徴だが、もってうまれたものであるが、禅での行き着く先でもあり、禅的人間だと言える。戦略もあったが、大久保の方が更に、大きかったということだろう。木戸開善
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

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