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ブログ - 最新エントリー

(今日は17000歩、歩きました。北区の開発は思ったより進んでいる。)
先ずは一番奥の道場駅に降り立つ。今日も慈泉さんが同行だ。駅前の城跡が、発掘調査中だ。有馬氏の城跡ではないかと思う。末裔、有馬頼底老師には、禅誌でインタビューしたことがある。武庫川に有馬川が流れ込む複雑な地形で、城の意味もあったのだろう。地図の見方には自信があるのだが、近道をとったら、途中で、道が切れた。引き返して、山側から行くことにしたら行き止まり。1時間半かけての上で寺3つを諦めた。この地域まで神戸から電車で1時間半。歩くのを入れたら2時間。能勢の山小屋も、車で1時間。電車で2時間。そっちを活用するのと変わらない。私なら能勢を選ぶ。横山駅から神鉄に乗り、道場南口で4け所の寺を訪問。最後に五社駅近くの天真寺を訪ねた。Ⅰ泊ならお貸しするんですがと親切に対応頂いた。1年前から、不動産も当たっていた。今回、都合付けば、訪れようと思っていたのだが、2件とも売れていた。道場は半値近くで、大沢町の物件は、指定値であったと聴く。有馬口からは、平地となり、丘陵地に開発団地がひしめく。垂水を思わせる雰囲気だ。有馬氏が治めた地だろう。JRを使っての尼崎・大阪に顔を向けた土地だと思う。神戸に出るのも同じくらいの時間がかかる。木戸開善

 
 
 
 
 
                                                                                                                        
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今を切に生きる。-北区の寺を回りました。

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ブログ
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kobe 2019/8/24 19:50
(今日も23000歩、歩きました。)
慈泉さんが同行しました。藍那駅に9時半集合で、家を出ました。7時50分発です。意外と近く45分前には着きました。この辺までは、狙い目です。神戸から1時間の射程に入ります。まずは、大中寺です。Mさんから紹介され、感触を聞いていただき、無理だとは分かっていたのですが、ご挨拶とうかがいました。行事があること、一人で世話をしているので、台所が使えないと、あらためて、断られました。祥福寺の出身で、我々の事を良くご存知でした。次の部落までは2KM.慈泉さんは良く歩かれました。その後鈴蘭台に戻り、3け所訪問。昼食後、慈泉さんは仕事。一人で、北鈴蘭台、箕谷の寺を訪問。箕谷からバスで移動。成道寺を訪ねる。曹洞宗の寺だ。事情を話したら、相談に乗ってもいいぞと。ありがたい。長田ですでに、よいところがあるので、詳しくは、後ほどの相談ということにしてもらった。犬も歩けば,棒にあたるである。近くにスポーツホテルがあり、相撲部屋が使用していたので、気にかかっていた。山の上で、ずいぶん歩いた。金銭的に無理だとわかった。隣の山に無動寺があったが、ホテルから、バスで退散した。木戸開善
 
 
                                                                                                                        
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(山小屋で英気を養い、明日から北区の道場探しです。)
今日は、一日中雨。西から明るくなってきたので、六アイに戻った夕方5時から、久しぶりの環状遊歩道の散歩に出る。ところが4分の1歩いたところで、雨が降り出す。桜の木の下で雨宿りを決め込むも、葉が小さいのでじゃじゃ漏れ。20M戻れば東屋があることは、知っていたが、屋根がないと思い込んでいた。頭から足先までずぶ濡れになり、小雨で戻ると、ちゃんと屋根があった。いい加減な記憶だ。真夏だからずぶ濡れでも問題はない。明日から、最後の追い込み。北区の寺周りだ。慈泉さんが同行する。神戸市は山間部が広い。北区は広大だ。しかし、電車で通える範囲でないと、適切な道場とは言えない。その点から拾い出すと、かなり、限定される。電車・バスで2時間、車で1時間のところなら、私の能勢の山小屋を道場として、活用する方が、はるかに利点がある。マインドフルネスでリトリートで活用している場所は静かで広大な所だと聴く。能勢の山小屋は、人里離れ2000坪ある。これほどの場所はない。木戸開善
 

 
 
 
 
                                                                                                                        
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昼も4時半の今も29度だ。風があるので内も外も同じ。都会は35度だそうです。クーラーがほしいが室外機が盗まれ使えないので昔ながらの扇風機に頼っている。温暖化が進み能勢もずいぶん夏は暑くなった。その代わり冬は雪が少ないのでよく山小屋を利用している。よくしたものだ。木戸開善

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来年の大河ドラマは[明智光秀)だ。早くも商売気を出して酒ができた。亀岡市の大石酒造だ。おいしい酒なので期待している。明智越えは京都境の老いの坂だが、本来は三草越えだった。秋鹿酒造も、この名前で売り出せばと思うが、奥社長は、そんな人ではない。謀叛の因は信長についていけなくなった。古来からの四道この時代は北陸が加わるが秀吉に山陽、山陰を抑えられ将軍になれず、これまでと思った。ドラマでは、どう解釈するか楽しみです。木戸開善

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8月は長期休暇を取る予定だった。末までに神戸の寺探しを終える段取りになり、急遽半分にした。頑張ってやるばかりが良いのではない。適当に休んで、また新たな活力を得るのだ。山小屋に一人でボーとしている。こんな幸せはない。台風の影響無かった。冬に備えて薪割りをする予定だ。木戸開善

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(男の考え方、女の考え方の違いを押さえると会話もうまくいく。)
男、女と限らず、男的な思考法と、押さえればよい。私は、女的な思考が強いと自分では思っている。歴史は日常の延長上に在るというのは、その典型的なものだ。調べると、10点から15点で男的なタイプらしい。私は11点だ。禅も女性的な思考法のように思う。男は上下社会。女は和社会。男にとり世界は別世界、女にとり世界は家の延長。等である。
実は、ある方とうまくコミユ二ケーシオンがとれない。相手が男的発想が強い。説明が欲しい。効率を重視する。上下に敏感。対して、私は、女性的な発想が強い。雰囲気・感じを大切にする。お互いの違いを見て、適切な言葉を選べば、摩擦、ギスギスは避けられる。もちろん、うまくはいかないことが多い。しかし、何処がまずかったか、反省していくことで、うまくいく道は見つかるのであろう。木戸開善
 

 
 
 
                                                                                                                        
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(歴史は日常の生活の延長にある。)
「いだてん」は、あまり評判はよくないらしい。私は、庶民の日常の生活の描写のうえに、歴史が展開していると思っている。興味を持って、見ている。日米決戦の直前の状況だ。
男子が1種目を除き、全種目制覇した、日本のスイマーの活躍を実は、初めて知った。それを素直に祝福してくれたアメリカの人々にも感激した。国威だけを追った、日本国民に余裕が欲しかった。実況放送、「前畑、頑張れ!」も実況ではなく、実感放送だったことも、初めて知った。前畑の活躍は、銀メタルが事実だが、てっきり金メダルだと、今まで思い込んでいた。別に、どうということでもないが、これが事実と思っていることが、実は、根拠が乏しいということは、ある。私は、断定型だと慈泉さんに注意されるが、心していきたい。木戸開善
 


 
 
 
 
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(とにかく暑くて疲れた。)
夏の日差しは厳しい。帰って歩数を見たら23000歩。疲れるはずだ。8:30に垂水区役所に着く。地図をもらうためだ。残念。土曜は休み。宝船さんが期待の「継孝院」立派な3F建て施設がある。不在で確かめられなかったが、普段の住居にされておられる。使用は難しいかも。30分歩いてたどりついた王居殿の寺存在せず。疲れるなー。垂水の中心部の寺3件、訪れる。駅から北へ10分の旭ヶ丘の市営住宅に小学校から高校まで住んでいた。懐かしい、狭い路地がそのままである。駅回りは、元の雑然としたところも少しは残っているが、スペースが広くなり、見違えるばかり。西の丘に登る。霞ヶ丘、歌敷山は卒業した小学校と中学校だ。昔は畑が多かった。今は、ぎっしりと家が建っている。
新道場探しは、断られるばかり。最後に、舞子駅からバスに乗り。垂水では有名な多聞寺を訪れた。木戸開善
 
 
 
 
 
 
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(高齢者の私が禅を勧めるのは「人生100年時代への対応で禅が役立つ」と言いたいこと。)
いろいろ裏つける資料を探してきた。まだ、完全ではない。今、読んでいる、それもたまたま手に入ったものであるが「人生の午後に生きがいを奏でる家」。作曲家ウ“エルデイが、恵まれぬ音楽関係者のために、住む家、老人ホームを建設したことにちなむ。100歳で死ぬときに、これでよかったと満足を感じる。仕事。それは、すばらしいが、多くの人は、それから離れる。家族。それも素晴らしいが、諸先は夫婦は他人。子供もそれぞれの意思で動く。死別もある。趣味。悪くはないが、生涯にわたって満足できるものは少なかろう。結局「生きがい」である。人それぞれに違うので、取り上げてこなかった。しかし、音楽家が集まる家で、生涯を満足に暮らしている状況から推測するに、同じ方向、感覚でいる者が、共に住む、これが「いきがい」だと感じる。私も同じ意見だが、95歳までは老けない。同志とともに、人生の哀歓を楽しむ。いま、鵯越に禅の拠点を購入しようと考えている。能勢の山小屋を含めれば、6人くらいは、そこで、住むことができる。同志の理想の住まいができるような気がする。夢物語だろうか。木戸開善
 
ウ“エルデイ
 
 
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